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言いたいことはすぐ言う

口が過ぎれば足を取られます。基本的にはWord2ページ程度

はじめてのおふかい

私が初めてオフ会に参加したのは某オカマとノンケのアルファツイッタラー二人が主催するオフ会だった。

選んだ理由は二つ。
まず、日帰りで往復出来る距離にあること。
これは当時、実家暮らしの自分が親から外泊を許可されていなかったからだ。

そしてもう一つは昼のオフ会があったこと。
初めてオフ会に参加する田舎者の自分にとって
都会の夜のオフ会はまだ想像が出来ていなかった。
今考えると、チュートリアル福田似の根暗オタクがなにを怖がることがあるかと思うほどなのだが、そのときの私には参加意志を伝えるのに随分勇気が必要だった。

自分はオカマの方とのやりとりで参加をしたが、その2・3回のやりとりでこの人が凄く言葉のチョイスが上手いことを知った。

では実際のオフ会はというと、自然で心地よかった。

出会いは人を変えるというが、
私はもっと進んでこういう出会いを求めたいと思うようになった。

初対面の人と時間を過ごす。マンツーマンではないがある意味恐ろしいことである。
名前も顔も分からない人と会うのだから危険もあるわけだ。

だが、これが初対面で何も知らない相手だからこそ、語り合えるのかもしれない。

普段は絶対に見せないような一面を出せるのだ。
初対面、しかも赤の他人となれば逆になにを偽ろうというのだ。

ただ、「見定められている」という心は常にあった方がいいと思った。
なぜならそれが「招かれた人間」が常に持っておかなければならない絶対領域であって、お互いがお互いを知りすぎてはいけないからだ。

それを思ったのはまた別のオフ会になるのだが・・・・

その後、そのお二方主催のオフ会にはもう一度参加したし、普段絶対に言葉を交わせない“中の人”に直に会えることはとても貴重なものだと思えた。

別のオフ会では「(私がここにいて良いのか)」と思えるほどの知識・見分を持っている方々(日本文学をこよなく愛する自称:時代を間違えた女性や、てっきり本当の板前かと思ってた中の人)とも会う機会にも恵まれた。

フォロワーが多い人は勿論言動に非常に気を使ってるし、人を見抜く力がずば抜けて高い。
そうでなくても、もの凄く“気が付く”。
まぁそうじゃないとは基本文字だけのSNSで影響力を持ってられないのだろうが。

自分なんかは初対面で母親の妹に見られることもあるほどだ。
しかし、大まかな年齢を一発で見抜かれ、

鍋を囲ったときにさり気なく(しかも綺麗に盛り付けて)いつの間にかよそわれていたり
たった二度しか会った事が無い、対して顔に特徴のない私に
『あら、あなたそんなところにほくろあったかしら?』なんて聞かれて

やっぱりどっか変わってる人って変わってんだなぁ(褒め言葉)と思ったほどだった。

出会いはその場に行かなければ決して得られないもので、来た甲斐があるというものだ。
『言わなきゃ分からない』と同じで『行って見なくちゃ分からない。』
まさに百聞は一見に如かずだ。

また、それぞれのオフ会で初めて接する人も出てきた。
介護職をしていて物凄く言葉を巧みに使うネタアカウントの人
某インスタグラムをもじった(個人的には)おしぼり写真家、猫好きなナイスミドル、
そっと見ているタイプのアカウントの持ち主等々・・

まだアカウントの画像と呟きでしか知らない、まだ声も聞いたことも無いあの人に実際に会う。
私にとってオフ会は出会いであり、経験であり、冒険のひとつでもある。

dimdouwa.hatenablog.com