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”人類の”畏怖の概念「ゴジラ」

前回の記事で『GODZILLA 怪獣惑星』についてネタバレ無しで書かせて貰った。

 

勿論、ここでこのキャラがどーだとか書くつもりはない。

今回のゴジラはざっくり言うと“地球を乗っ取った”

 

SFでありがちな未知の生物。

荒廃した地球での謎の植物。

発達した技術なのに繋がらない通信。

 

その全てが一つの「ゴジラ」という生物からほどかれた細い糸として張られている。

 

 

題名に“人類の”と思わせぶりに書いたが、

単純に“地球人だけが出てくるSFを私は知らない”というのと

「いつからゴジラは“全ての恐怖”に接すると思い込んでいた?」

「怪獣がゴジラだけだと何故認識していた?」

「何故ゴジラ“だけ”が恐怖として染みつくのか。」

人類が恐怖するのはゴジラという生命体だが、果たして他の惑星ではどうなんだ?

 

この世界において、地球人以外にも惑星人が出てくるのは覚えておいて欲しい。

 

ただ、この作品の最も称賛すべきところは

ゴジラ”という圧倒的なキャラクターを“SF”の世界に入れたため

ゴジラが存在するのはもはや宇宙規模での事項となったのだ。

 

ただ、この作品、余りに淡々としている。

このあたりがある種の作品の味を出していると思うのは私だけだろうか。

余りにちっぽけに、ただの日常の如く物語が進むのだ。 

 

脱線するが、昔、手塚治虫の「きりひと讃歌」を読んだ時を思い出した。

元々が結構凄い作品なのだが、その中でも女性が天ぷらになるというシーンがあった。

・・・ギャグではなく、割とキャラのしっかりした漫画形態で。

そこがスルっと描かれていたのを印象に覚えている。

 

 

(どうしても比較してしまって申し訳ない。)

前作、『シン・ゴジラ』では“最も進化した生物”と尾頭女史に認定された。

途中までただ歩くだけの図体のでかい生物が・・・である。

しかし、今回の『GODZILLA 怪獣惑星』では実に機械的だ。

 

無制限の弾を装填した自動小銃のトリガーを引きっぱなした状態のように

ただ無感情に、無慈悲に破壊し続ける。

 

ゴジラは度重なる核実験で目覚めた存在であり、

神として度々上げられ、

またある時は人類への福音として示される。

 

全てゴジラに対する多角的な見方で、解釈も違う。

ゴジラはこれから概念として残るものなのかもしれない。